[第12場面、リッチモンド公爵夫人の舞踏会]

屋内 : ブリュッセルのリッチモンド邸

ブリュッセル、1815年6月15日木曜

盛大な舞踏会が催され、ブリュッセルの名士、紳士淑女が出席し、大広間の中 央ではハイランダーズがスコットランドの伝統的なダンスを踊っている。彼らは あたかも戦争を忘れているようである。

リッチモンド公爵夫人 : 「叔父が全連隊の将兵を見せてくれたの」
(ヴァージニア・マッケンナ)

[ 編者注1 ] リッチモンド公爵(レノックス卿)はウェリントンの友人で幕 僚の一人。公爵夫人シャルロットは第4代ゴードン公爵の娘で、”叔父”とは兄 の第5代ゴードン公爵(ハントリー侯爵)のこと。(娘からみて叔父という意味 。)

[ 編者注2 ] 彼女はなまりがきつくて聞き取れない箇所あり。

リッチモンド夫人 : 「じっくり見てまわって好みの将兵を選んだわ」
公爵夫人の娘サラ : 「大男を選んだわね、ママ」
(スーザン・ウッド)

夫人は笑顔でちらっとみて、おませな娘をたしなめる。

その頃、余興のダンスは終わり、主賓のウェリントン卿がセレモニーとともに 入場してきます。ホストの公爵夫人は卿を恭しく出迎え、ウェリントンは笑顔で 彼女の手を取る。

ウェリントン公爵 : 「君は最高の将軍だ」
(クリストファー・プラマー)

公爵夫人は笑って親しげに接する。

リッチモンド夫人 : 「女はタイコを追うだけよ」
「人気の中心は今や軍人だわ」
ウェリントン : 「社交界も変わったな」

談笑。

リッチモンド夫人 : 「軍人はイギリスの柱ね、アーサー」

[ 編者注1 ] ウェリントン公爵のファーストネーム。サー・アーサー・ウェルズリーが本名。
[ 編者注2 ] 「Soldier」の語源は、ローマ兵が給料を塩でもらっていたことから、ラテン語の「Sal dare(=give salt)」が元になっている。

ウェリントン : 「クズさ」
「ロクでなしの集まりだ」 「勇気のもとは酒だ」
リッチモンド夫人 : 「でもあなたのために死ぬんでしょう」
ウェリントン : 「フン、フ」
リッチモンド夫人 : 「義務感から?」
ウェリントン : 「フン、フ」

ウェリントンの気のない返事になかば呆れて。

リッチモンド夫人 : 「ナポレオンの部下でも義務感からは死なないわ」
ウェリントン : 「奴は紳士ではない」

[ 編者注 ] "Boney"は"Bonaparte"の略称で、イギリス人などが良く使う茶化した 呼び方。

リッチモンド夫人 : 「それが紳士の言葉?」
ウェリントン : 「 戦場で5万人分の価値をもつが、

[ 映画字幕 ] ↑ 「将兵を扇動するのは巧みだが、」

「奴は紳士とは言えんよ」

[ 映画字幕 ] ↑ 「紳士ではない」

ウェリントンはリッチモンド家の残りの家族に引き合わされ、挨拶を交わし、 雑談する。

サラ : 「パリに着いたら、ちょっとナポレオンに会わせて」
「ママが崇拝しているの」
リッチモンド夫人 : 「私はボナパルト派よ」
サラ : 「怪物だって、ほんと?」
ウェリントン : 「彼は王冠を食い」 「血を飲む」

リッチモンド夫人 :「で、怪物退治には、いつ出かけるの?」
ウェリントン : 「まだ決まらない」
「それは・・・」


[第13場面 、越境する北方軍]

屋外 : 夜のベルギー国境

暗闇の中、フランス軍は国境を越えてベルギーに進入し、サンブル川を渡って いる。ナポレオンはすでに密かに部隊を国境地帯に集結させると、強行軍で前進 を開始していた。英軍とプロシア軍の間に進撃して、楔を打ち込み、各個撃破を もくろむ。

ナポレオン : 「川を渡れば明日はブリュッセルだ」
ネイ : 「神も味方です」
ナポレオン : 「神なぞ無関係だ!」

ナポレオンは不機嫌そうに馬腹を蹴った。
夜空に雨が降り始めてきたが、兵士たちは黙々と行軍を続けていく。


[第14場面 、舞踏会を乱す者たち]

屋内 : ブリュッセルのリッチモンド邸

舞踏会では人々が楽しげにダンスを踊っている。娘が踊っている様子を公爵夫 人は複雑な心境で眺めていた。

リッチモンド夫人 : 「ヘイを戦死させないで」
ウェリントン : 「婚約者か?」
リッチモンド夫人 : 「娘が花嫁衣装ではなく、喪服を着ることになるわ」

サラがヘイを連れてやってくる。

サラ : 「ママ、おみやげは胸甲騎兵のヘルメットですって」

[ 編者注 ] ディッキーはリチャードの愛称。

「血がついていないものよ」
リッチモンド夫人 : 「それなら私も一つ欲しいわ」

ここで近くで話を聞いていた老練の将軍たちが、唐突に会話に割り込んでくる。

ポンソンビー少将 : 「フランス兵のどこを刺す?」
(マイケル・ワイルディング)

[ 編者注 ] 第二騎兵旅団長。この部隊はスコットグレイズを含む。

ヘイ:「右の脇の下です」

[ 映画字幕 ] ↑ 「わきの下です」

(ピーター・デービス)
サラ : 「ね、頼もしいでしょう」

横にいた平服の将軍が、藪から棒に、もっとぶしつけな説教口調で話し掛ける。

ピクトン中将 : 「胸甲騎兵に会っても戦うな」
「それが生き残るための手だ」
「ヘルメットは諦めろ」
「格闘術はフランス兵の方が上手だぞ」
(ジャック・ホーキンス)

[ 編者注 ] 第五師団長。ウェリントンに信頼厚い老練な将軍。

ピクトンはサラに睨まれているのに気づいて、その場の雰囲気を察し、一礼し て将軍たちを連れそそくさと離れていく。

ピクトン : 「マダム。失礼します」

しかし少し離れると、ピクトンはポンソンビーにぶつぶつと文句を言う。

ピクトン : 「あんなガキどもは初めてだ」

[ 映画字幕 ] ↑ 「あんなガキは初めてだ」


サラ : 「礼儀知らずな将軍ね」
ウェリントン : 「敵をよく知っている」
サラ : 「味方を知らないのに?」

サラはこういって笑うと、ヘイを連れて再びダンスに戻った。

しばらくの間、皆がダンスに興じていると、不意に泥だらけのプロシア軍士官 が入場してくる。その場にいた人々が彼の存在に気づいて騒ぎ出す。

淑女A : 「どなた?」
紳士A : 「プロシアの士官だ」

プロシア軍士官は必死にウェリントンを探している。

リッチモンド夫人 : 「ムードを壊しているわ」

ウェリントン、振り向いてプロシア軍士官に気づき、彼を手招く。

マッフリン男爵 : 「ナポレオンがついに・・・」
(ジョン・サビデント)

[ 編者注 ] マッフリンはブリュッヒャーの幕僚の一人で、連絡将校を務めて いた。後に従軍記を発表したことで有名になる。最初の母音が変母音であるから、ドイツ語読みでは「ミュフリング」。

ウェリントン : 「わかっている。国境を越えたんだな」
マッフリン : 「英普両軍の間を、全軍で進撃しています」
ウェリントン : 「場所は?」
マッフリン : 「シャルルロア」

ウェリントン、振り返って意味ありげな笑みを浮かべる。

ウェリントン : 「シャルルロア」


人々が戦雲急を告げた事を知ってざわめき出す。

リッチモンド夫人 : 「舞踏会は中止に?」

音楽が止まる。

ウェリントン : 「そんな必要はない。踊り終えてからでいい」

公爵夫人は合図を送って音楽を再開させる。
一方、ウェリントンは背後で命令を待っていたアクスブリッジに指示を出す。

ウェリントン : 「騎兵隊とシャルルロアへ行け」
「ピクトンの師団も今夜、出動」

ウェリントン : 「・・・シャルルロアか」

[ 編者注 ] 歴史のいたずらとでも言おうか、シャルルロアとは”シャルル王 ”という意味の地名である。この戦役の敗北の後にアルトワ伯がシャルル10世 として即位することを考えれば、暗示めいた名前だったと言えるだろう。しかも 敗北地はラ・ベル・アリアンス、”美しき同盟”なのである。


ドアが開け放たれ、風が吹き込んでくる。外は雷雨である。
広間では恋人たちが別れを悲しんで見詰め合い、静かに踊っている。

マドレーヌ・ホール : 「私も一緒に連れてって」
(ヴェロニカ・デ・ルーレンティス)

[ 編者注 ] 彼女はデランシーの妻で、このとき彼らは4月4日に結婚したばかりであった。 (Magdalene Hall)

「スペイン戦線では許されたそうよ」
ウィリアム・デランシー大佐 : 「戦場だよ」
(イアン・オジルヴィ)

[ 編者注 ] デランシーはアメリカ生まれで、ウェリントンの幕僚を務め、こ のとき主計総監であったが、事実上の参謀長であった。

マドレーヌ : 「でも心配だわ」

ウェリントンは幕僚を引き連れて、別室に移り、作戦会議を始める。しかし会 議は紛糾していた。

ウェリントン : 「簡単だと思ったが」
「夜間では敵の動きがつかみにくい」
「果敢な作戦で一本取られた感じだ」

ウェリントン : 「プロシア軍がベルギーに踏みとどまるなら、我が軍もだ」
マッフリン : 「そう約束なさるなら、プロシア軍も退かんでしょう」

ウェリントン : 「道路が集まる」
デランシー : 「カトル=ブラがカギです。」
ウェリントン : 「そこで食い止めるか、・・ここでだ」

と言って、ウェリントンは地図の上に丸を付けた。
その場所こそがワーテルロ ーであった。

ウェリントン : 「シャルルロアか」
「敵もやるもんだ」


[第15場面 、両会戦は決定打を欠いた]

屋外 : 激戦の終ったばかりのリニー近郊

今しがた戦闘が終わったばかりのリニーの戦場。いたるところに人馬の死体が 散乱している。まだあたりには煙が立て込み、遠くでは砲声が轟き、負傷者のう めき声が聞こえる。

[ 編者注 ] リニーはおそらくカットされてあると思われ、話は唐突に飛ぶ。

ナポレオン : 「戦場は悲惨だが、」
「プロシア軍1万6千の戦死はパリには朗報だ」

ネイが馬に乗ってやってくる。

ネイ : 「ウェリントンをカトル=ブラで撃退しました」
ナポレオン : 「君はなぜここに?」
ネイ : 「報告に来ました」

ナポレオンは怒って、早口で怒鳴りだした。

ナポレオン : 「なぜ敵を追撃して徹底的にたたかん?」
ネイ : 「約束の増援は?」

[ 編者注 ] デルロンの軍団の件について言及している。

ナポレオン : 「口答えするな!」 「生意気な!」
「敵に余裕を与えれば、今までの勝利がムダになるぞ」

ネイは馬の腹を蹴って、前線に返っていく。


[第16場面 、プロシアの前進元帥]

屋外 : リニー北方の地

そのころプロシア側では。

グナイゼナウ将軍 : 「ブリュッヒャー元帥、退却命令を・・」
(カール・リエピンスキ)

[ 編者注 1] グナイゼナウはシャルンホルストの後継者にあたる有能な参謀長。
[ 編者注 2] リニー会戦の戦闘中にブリュッヒャーが行方不明になったこと から一時的に指揮を取っていた。

ブリュッヒャー元帥 : 「わしは72歳だが、誇りは失っておらん」 「この剣はわしの 誓いだ」
「捨てることはできん」
(セルゲイ・ザカリアッツ)

[ 編者注 ] プロシアの低地ライン方面軍司令官。個人的な闘志で反ナポレオ ン陣営を率いていた豪気な人物。

グナイゼナウ : 「イギリス軍の退却で我々は孤立しそうです」 「理屈ではナミュールに退くべきで、イギリス軍も信用できません」 「ですが敢えて、ワーヴルへの退却を命じました」 「まだ戦えますが、ウ ェリントンが閣下の信頼に値するかどうか」

[ 映画字幕 ] ↑ 「ナミュールに退却できますが、イギリス軍は信用でき ません」 「私の部隊にはワーヴルへ退却を命じました」 「ウェリントン ですが、閣下の信頼に値しません」

[ 編者注1 ] ワーヴルは北、ナミュールは東の方角にあたる。東に行くほど 安全な補給源に近くなるが、西のウェリントンとは協力できなくなる。
[ 編者注 2] ここの映画字幕はどう考えても論旨が間違っている。イギリス 軍に期待しないのならナミュールに向かうのが論理的だと言っているわけで、そ れに反してブリュッヒャーの共闘精神に従ってワーヴルに向かうことにしたわけ だからである。グナイゼナウはイギリス軍とウェリントンを疑いを持ちつつ、ブ リュッヒャーに従ったというのがこのセリフの趣旨のはずだ。


[第17場面 、右翼軍の分遣]

屋外 : リニー近郊

再びフランス側。ナポレオンは折角のチャンスを台無しにして、英普両軍にと どめを刺しそこなったことで苛々していた。彼は熟考した挙げ句、自軍を分割し て追撃に向かわせることを決断し、軍団長に命令を下す。

ナポレオン : 「グルーシー」 「ジェラール」
「3万の兵をやる」
「我が軍の3分の1だ」
「ブリュッヒャーのプロシア軍を追撃しろ」
徹底的に追い詰め、合流させるな!

[ 映画字幕 ] ↑ 「捕捉して、徹底的にたたけ!」

グルーシー元帥 : 「敵の退路は10通りもあります」
「ワーヴル・・・ナミュール・・・」
(シャルル・ミロー)

[ 編者注 ] 百日天下で唯一元帥となったグルーシーは騎兵総司令官であっ たが、この瞬間から右翼軍司令官となる。

ジェラール将軍 : 「鳥の群れとは違います」
「元帥、必ず捕捉できます」
(ヴラジミール・ドルニコフ)

[ 編者注 ] 第Ⅳ軍団長。彼の部隊はリニーを占領した。

ナポレオン : 「議論は要らん!」
「戦場での対立は敗北を招くだけだ」
「グルーシー、ジェラール。行け」



[第18場面 、名誉ある退却]

屋外 : ワーヴルへの道中

再びプロシア側。ブリュッヒャーは自身の健在を誇示して、部下を勇気づけて いる。彼はパイプをかざして、兵士たちの声援に答える。

[ 編者注 ] 1806年、一回の敗北で惨めに崩壊したプロシア軍は、長い 年月をかけて再建し、近代化されていた。ナポレオンがすでに打ち破ったと信じ ていたプロシア軍は士気を回復して再び立ち向かって来ることになるのである。 その上、新手のビュロー軍団の存在をナポレオンは知らなかった。

プロシア兵A : 「今度はナポレオンに勝つ」
プロシア兵B : 「ブリュッヒャーが勝つ」
プロシア兵C : 「敗北を勝利に変える将軍だ」


[第19場面 、後退するウェリントン]

屋外 : カトル=ブラの北方

6月17日。雨の中、まだカトル=ブラ付近にいたウェリントンは、報告を聞いて笑みをこぼしていた。

ウェリントン : 「ブリュッヒャー老将軍が、18マイル後退したか」
「では、我々もそうしよう」

英軍士官 : 「後退だ」

デランシー : 「祖国では我々は敗者にされますよ」 ウェリントン : 「止むおえん」



歩きながら愚痴る兵隊たち。

兵卒トムリンソン : 「バカげてるぜ」
(オレク・ビドフ)
兵卒マクケビット : 「お偉方の命令だ」
(コリン・ワトソン)
兵卒オコーナー : 「敵にやられたのはプロシア軍だぜ」
「なぜ俺らが逃げるんだ!」
(ドナル・ダンリー)

ウェリントン : 「退却する部隊には不満はつきものだ」
デランシー : 「敵の攻撃を受けていないからです」

バブパイプの音色が聞こえてきて、ゴードン卿と第92ハイランダーズ連隊が 歌いながらやって来る。

ウェリントン : 「士気盛んだな」
ゴードン公爵 : 「銃剣を持っているからです
「スコットランド兵はみんな単純だ」
(ルパート・デービス)

[ 編者注1 ] ハントリー侯爵、第5代ゴードン公爵。彼の父はハイランダー ズ連隊の創設者として著名。階級は低いが、彼はウェリントンに敬語をつかって いないのに注意。

[ 編者注2 ] 役柄で強いスコットランド訛りのため判別不能の個所在り。

ゴードン : 「みんな家の子も同然だ

[ 映画字幕 ] ↑ 「全員、近所の農民だ」

儂を”旦那”と呼んでいる

[ 映画字幕 ] ↑ 「私を”旦那”と呼んでいる」

二人で談笑している横を、連隊が通り過ぎていく。

雷鳴が轟き、雨風が次第に強くなっている。



[第20場面 、暗雲 ]

屋外 : モン・サン・ジャン高地の南

雷雲があたりを暗くしている。モン・サン・ジャン高地でウェリントン軍に追 いついたナポレオンは、敵のうごめくフィールドを見つめている。

ナポレオン : 「あれは全軍だ」
ネイ : 「まだ配置中です」
ナポレオン : 「敵がミスを犯している時は黙っていよう」
「礼儀に反するからな」

[ 映画字幕 ] ↑ なし

と言って、笑うナポレオン。



[第21場面 、ウェリントンとピクトン]

屋外 : モン・サン・ジャン高地

ウェリントンと幕僚たちが馬上で敵の様子を伺っている。ピクトンだけが平服 のままで傘をさしている。

[ 編者注 ] ピクトンは急遽呼び寄せられたために軍服を持っていなかった。

ピクトン : 「後ろに林があるから、ここは不利な位置です」
「後退する時に障害になり、」 「全軍がバラバラになる」
ウェリントン : 「下草がないから、」 「砲兵隊でも通過できるし、」 「全軍がたやすく通れる」
ピクトン : 「自殺行為です」
ウェリントン : 「ピクトン、君は知らんだろうが、」
「私は以前ここへ来た」 「地理には詳しいんだ」

[ 編者注 ] ウェリントンは学生時代、ブリュッセルに住んでいた。

また雷鳴が轟き、雨風は豪雨へと変わる。



[第22場面 、先入観にとらわれたナポレオン]

屋外 : モン・サン・ジャン高地の南

ラッパが鳴り、兵士たちは炊事の準備をはじめている。一方、ナポレオンは 雨にうたれながら、後ろ手を組んで敵情を伺っていた。

ナポレオン : 「奴は戦史に暗いな

[ 映画字幕 ] ↑ 「ウェリントンは作戦に暗い」

「林を背負って不利な位置だ」
「戦う必要もない」 「今夜、逃げるだろう」

雨風がますます強くなり、ナポレオンはそらを見上げる。


[第23場面 、背嚢の子豚]

屋外 : 農家の納屋

腹をすかせた兵士が、農家の納屋に下から手を突っ込んで子豚を捕まえようとしている。

兵卒オコーナー : 「さあ、来い。 料理して食ってやる」
静かに! 我慢しろ、半分食うだけだ

[ 映画字幕 ] ↑ 「静かに! おれは半分しか食わない」

そこに陣中を見回っているウェリントンがデランシーを連れてやってくる。

デランシー : 「失礼ですが、」
「部隊にもっと行動予定を知らせるべきでは?」
ウェリントン : 「どうかな」
「私の頭の中は髪の毛にさえ教えんよ

[ 映画字幕 ] ↑ 「無理だな。 私の頭の中は髪の毛でさえ知らん」

とウェリントンはくすくす笑って言った。

雨の中、眠ることもできない兵士たちは農家のそばに屯していた。そこに納屋 のかげから兵卒が走り出てきて、彼はみょうな作り笑いを浮かべていたが、それ と気づくかれる前に、誰かがウェリントンの訪問を告げた。

英軍兵士A : 「総司令官が来るぞ」 「立て」

デランシー : 「なじみの部隊です」
ウェリントン : 「アイルランド兵か」

[ 編者注 ] エニスキレンは北アイルランドの町の名前で、これからこの部 隊が第27連隊であることが分かる。

随分、手を焼やかされたものだ

[ 映画字幕 ] ↑ 「暴動を何度も取り締まったものだ」

兵隊たちの何人かがその場で整列している。

ウェリントン : 「こんばんは」

先ほどの兵卒は自分に声をかけられたのかと思って、慌てて、在らぬ事を口走る。

兵卒オコーナー : 「いい夜で」

ウェリントンらは通り過ぎかけたが、妙だと気づいて、振り返って問い掛ける 。

ウェリントン : 「背嚢をみせろ」
兵卒オコーナー : 「私で?」
ウェリントン : 「そうだ」

兵卒はしかたなく銃を置き、恐る恐る背嚢を降ろしてみせる。

ウェリントン : 「開け」

背嚢を開けると、そこから子豚が顔を出した。

兵卒オコーナー : 「なんと!」 「これは・・・」
「変だと思いました。背中がかゆいもんで」
ウェリントン : 「どこで分捕った?」
兵卒オコーナー : 「これ?」 「いえ、違います」
「こいつが私を捕まえたんです」
ウェリントン : 「掠奪の罪を知ってるな」
兵卒オコーナー : 「禁酒です」
ウェリントン : 「死刑だ!」
兵卒オコーナー : 「報告します」 「この子豚が迷子になったので、私 が肉親を捜してやっているところです」

ウェリントンが堪えきれずに吹き出すと、みんなからもどっと笑いが起る。し かしウェリントンはすぐにそれを制し、そして言った。

ウェリントン : 「絶望的状態でも諦めん」
「伍長にしろ」
英軍兵士B : 「今度はヤギを盗め! 軍曹になれるぞ」

再び笑いがまきおこる。



ウェリントン : 「あんな連中に戦争ができるか心配だ」

ウェリントン : 「ひどい夜だ」 「明日もだろう」

ウェリントン : 「デランシー」
「明日、もし敗れたら、私を許す者は神しかいないだろう」



[第24場面 、総司令官たちの不安]

屋内 : ロソンムの農家

同じ頃、両サイドで両方の総司令官は敵の出方について考えていた。フランス 軍の司令部では、ナポレオンは窓の側に立って、熟考している。

ナポレオン : (なぜ移動しない)
(理由がわからん。用心深さを失ったのか、私の知らん何かがあるのか)


屋内 : モン・サン・ジャンの農家

英軍の司令部では、ウェリントンがプロシア軍からの報告を待っている。

ウェリントン : (プロシア軍がグルーシーの追撃を逃れれば、勝機が訪れるのだが)

「すべてがプロシア軍次第だ」


屋内 : ロソンムの農家

フランス軍の司令部では、ナポレオンがスルトから報告を聞いて激怒している 。

ナポレオン : 「なぜプロシア軍を捕捉できん」


屋内 : モン・サン・ジャンの農家

ウェリントン : 「泥は敵の行動を遅くする」
「だがプロシア軍が遅れれば、おしまいだ」


屋内 : ロソンムの農家

ナポレオン : 「道路条件は同じだと、グルーシーには言いたいが」 「事実か」

怒り心頭のナポレオンは、睨み付けて繰り返した。

ナポレオン : 「事実か」
スルト : 「はい」
ナポレオン : 「速く歩け、と伝えろ」

屋内 : モン・サン・ジャンの農家

英軍の司令部では、マッフリンが息急きって部屋に駆け込んできた。

マッフリン : 「閣下も戦闘に参加してください」
ウェリントン : 「グルーシーの3万の敵軍はどこにいる?」
マッフリン : 「我が軍を発見できずに苦労しています」

[ 編者注 ] 字幕にはでていないが、これが最も重要なことであった。はじめ ナミュールに向かったグルーシーは、結果的にプロシア軍よりも西に出てしまい 、それからワーヴルに追ったために、連合軍の合流を阻止するという任務を果た せなくなるのである。

ウェリントンは思案しながら、部屋をあるきまわる。

ウェリントン : 「何時だ?」
ヘイ : 「2時過ぎかと・・」
デランシー : 「2時、10分前です」
ウェリントン : 「マッフリン、頼む」 「今夜もう一度、連絡に出てくれ」
マッフリン : 「新しい馬をください」
ウェリントン : 「頼む!」 「プロシア軍を1時までにワーテルローに呼びたい」

マッフリン、立礼して出て行く。

ピクトン : 「わかるか? アクスブリッジ」
「グルーシーの軍が間に割って入り・・」
アクスブリッジ : 「プロシア軍をたたけば・・」
(テレンス・アレクサンダー)

[ 編者注 ] 彼は騎兵総司令官、兼、副司令官であった。

ピクトン : 「我々まで絶対絶命の危機におちいる」
アクスブリッジ : 「その危険を冒してまでプロシア軍を頼りに?」
ウェリントン : 「我々はお互いに助け合わねばならん」

ウェリントン : 「解散」

将軍たちは部屋を出て行く。

ウェリントン : 「誰に時計をやった?」
ヘイ : 「サマーセットです」

[ 編者注 ] 年齢から考えて、第一騎兵旅団長のサマーセット少将のことでは なくて、第18ユサール騎兵連隊のサマーセット中尉のことであろう。万一のた めに肩身を渡し会っておいて、後で遺族に手渡すことを約束していたのだと思う。

ウェリントン : 「明日、死ぬつもりか。不吉だぞ」
「そうした行為は往々にして死を招く」

ウェリントン : 「時計を取り戻してこい」 「明日は5分毎に時間を聞くぞ」


屋内 : ロソンムの農家

ナポレオンは急にうずくまり、目をつぶって痛みを耐えている。

ネイ : 「軍医を呼びましょう」
ナポレオン : 「・・・」
ネイ : 「軍医を」

ナポレオンは苦しみを堪えて笑うと、

ナポレオン : 「いや、 要らん」
「軍医は要らん」

と言って体を起こした。
しかし強がっても、痛々しい感じは拭い切れなかった。

ナポレオン : 「何を見ている?」 「何だ?」

幕僚たちは心配そうに皇帝を見つめている。

ナポレオン : 「行け 早く出ろ」 「全員だ」

幕僚たちは慌ただしく退出していく。



ナポレオン : (病に倒れてはいかん)
(明日のために力を・・・)
ナポレオン : (肉体は死にかけていても、 頭脳はまだ切れるぞ)

ナポレオンは歯を食いしばって、涙を流す。
外では雷が鳴り、嵐となっている。

ナポレオン : (永久に降り止まんのか)

窓を呆然と眺めてうなだれる。
そしてナポレオンはベッドに横になり、いつしか眠りに就いた 。




[第25場面 、6月18日の朝]

雨はいつしか止み、朝日が登る。”アウステルリッツの太陽”は再び輝くだろうか。ついに両軍は決戦の朝を迎えた。

屋外 : モン・サン・ジャン高地

いたるところで合図のラッパが鳴り、兵隊たちは朝食と身支度に忙しい。

英軍兵士C : 「我々は14万だ」
英軍兵士D : 「その半分さ」
英軍兵士C : 「フランス軍も入れて14万さ」
英軍兵士D : 「うち4万は死ぬ」
英軍兵士C : 「死ねばスープも飲めないぞ」

例の伍長が身支度をしている士官の背後から鏡に映る自分を見ている。

英軍兵士E : 「おい、新しい伍長様だ」
英軍兵士F : 「おはよう、伍長」
英軍兵士G : 「口もきいてくれねえ」

士官が気づいて振り向き、伍長は気まずくなってその場を去っていく。

英軍兵士H : 「朝食は子豚か」

兵士たちの間で爆笑がおこる。その士官も笑顔で振り向き、同僚に挨拶する。



マーサー大尉 : 「おはよう」
(リチャード・フェファー)

[ 編者注 ] 英近衛騎馬砲兵隊隊長、戦闘中はGグループ部隊長。

ラムゼー大尉 : 「おはよう、大尉。 ひどい晩でした」
(ウィロービー・グレー)

[ 編者注 ] 英近衛騎馬砲兵隊のHグループ部隊長。半島戦争でウェリント ン卿の命令を無視して、独自の判断で戦功を立てて名誉少佐。ウーゴーモンにて 戦死。映画で演じている人物は歴史考証アドバイザーでもある。




[第26場面 、プランスノワの鐘]

屋内 : ロソンムの農家

ナポレオンは部屋に入ってくるとカーテンを開け、笑顔で振り返る。

ナポレオン : 「おはよう」

ナポレオンは上機嫌で、テーブルの上のフォークの位置が違っているのに気づ くと、それを置き直し、朝食の料理を選ぶ。

ナポレオン : 「これだ」

ナポレオンはパンを一切れちぎって食べる。

ナポレオン : 「なぜ見つめる」
ネイ : 「ご気分は?」
ナポレオン : 「昨夜は昨夜だ」

笑いがおこる。

ナポレオン : 「最高の気分だ。食事にしよう」

席につき、給仕がワインを注ぐ。

ナポレオン : 「もっと大きなナプキンが要るぞ」

再び笑いがおこる。

ナポレオン : 「朝、攻撃できるか?」

首を振るスルト。

スルト : 「正午までは地面が・・」
ナポレオン : 「・・・」
ネイ : 「泥道を進んだこともある」
ナポレオン : 「あるとも」

遠くから鐘の音が聞こえてくる。

ナポレオン : 「何だ?」
ラベドワイエール : 「教会で日曜のミサを・・」
ナポレオン : 「・・・」
「信者が集まらんだろう。 ・・・」



ナポレオンはしばらく黙りこくっていたが、鳴り止まない鐘の音が、今日の戦 死者の嘆きに聞こえて、すぐにその表情は険しくなった。ナポレオンは怒って席 を立つ。残された将軍たちはしかたなく朝食を諦めざるえなかった。



[第27場面 、泥濘による遅延]

屋内 : ロソンムの農家

別室の窓際にナポレオンが座って目を閉じている。そこにドルーオ将軍が入っ てくる。

ナポレオン : 「眠ってはおらんぞ」
ドルーオ : 「陛下、4時間待たないと大砲を移動できません」
ナポレオン : 「 機を逃せば勝利はない

[ 映画字幕 ] ↑ 「4時間待てば勝てん」

ネイ : 「 ウェリントンなど1時間も持たんでしょう。 所詮、奴等は寄せ集めの部隊です

[ 映画字幕 ] ↑ 「ウェリントンの部隊なぞ取るに足りません。イギリス 、ベルギー、その他の寄せ集めだ」

ドルーオ : 「大砲を失う恐れがあります」
ナポレオン : 「お前が大砲だ」
ドルーオ : 「12時に攻撃を・・・」

[ 編者注 ] 結果的に会戦の成否を決めることになった、この発言で印象の 悪いドルーオだが、彼は経験豊富な砲兵士官であって、発言は根拠のないもので はなかった。数日来から続く豪雨で土壌は大量の水を含み、のべで30万人以上 の人馬がここを行ったり来たりして、踏み荒したわけであるから、コンデション はいいはずはなかった。特にナポレオンがこの日のために用意した重砲は移動不 可能であったろう。なお、現在のワーテルローは土壌改良されていて参考にはな らない。

ナポレオン : 「戦闘には時期がある」
ドルーオ : 「敵が動けば放っておけませんが、泥を頼みに停止しています」
ナポレオン : 「泥を頼みに?」


次のページへ