[第41場面 、 百歩後退]

屋外 : モン・サン・ジャン高地

このとき英軍の戦線は依然健在で最初の位置を保持していた。ナポレオンはも はやいかなる猶予も無くラ・エ・サントを奪取しなければならないと決断する。 厳命を受けたネイは第Ⅰ軍団からまだ使える二個旅団を抽出して農家への攻撃へ 投入するも、防御側の堅守がこれを阻む。農家を守るバリング少佐とKGL大隊 は激しく抵抗し、ハノーバー大隊の増援を得てこれを撃退した。しかしこの攻撃 は失敗に終わったものの、ネイは英軍中央の弱体化を見てとって、中央に騎兵戦 力を集めはじめた。

ウェリントン : (騎兵は集めているが、歩兵は動かん。 奇妙だな。狙いは何だ?)

両軍の猛烈な砲撃で戦場はどんよりと黒ずんでいた。 ナポレオン自慢の砲兵隊 は、さらに前進し、英軍中央に圧倒的な砲火を集めたために、ラ・エ・サントやウ ェリントンの指揮所の近辺にも砲弾の雨が降り、待機中の部隊の損害も増してき ていた。

ウェリントン : 「すごい砲撃だな」

ウェリントンはヘイを手招く。

ウェリントン : 「ヘイ卿、」
「逃げたまえ、本隊も100歩、後退する」
ヘイ : 「でも・・」
ウェリントン : 「命令だ!」

しかたなくヘイは馬を駆って下がっていく。


ウェリントン : 「全隊に伝える。 100歩、後退しろ」

デランシー、命令を復唱する。

デランシー : 「第27連隊、後方へ移動しろ」

[ 編者注 ] この連隊はランバート少将の第10旅団所属。

英軍歩兵隊、砲火のさなか、ウェリントンの横を通り過ぎて丘の向こうに下がっていく。

伍長オコーナー : 「閣下、 落雷中に木下にお立ちになると危険ですよ」

オコーナー、またすっとんきょうな、場違いな話題だった。

ウェリントン : 「忠告ありがとう」



[第42場面、ネイの騎兵突撃]

屋外 : ラ・エ・サントの南

この時、ネイが見たものは、砲撃を避けるために丘の反対斜面に一時的に退い た英軍歩兵隊の後退だったのだろう。しかし彼の目にそれは、ウェリントンの全 面的な退却とうつった。敵は猛攻撃に耐え切れずに、ついにブリュッセルへ後退 しようとしているのだと。焦りは彼の判断を再び狂わせていた。

勝利を確信したネイは興奮して、とどめの一撃を与えるべく騎兵突撃を決断す る。

ネイ : 「ウェリントンが退却し始めたぞ!」
「みんな、ついてこい!」

そう言うと、ネイは馬を駆り、剣を抜いた。

ネイ : 「ラッパ手! 突撃ラッパ!」

[ 編者注 ] ミローは第Ⅳ騎兵軍団長。

ネイは即断すると、ミローの胸甲騎兵旅団に突撃を命じた。退却する英軍にとどめの一撃を与えてこれを潰走せしめるためである。血気に逸って、司令官である自らがその先頭に立った。
しかしいっ たん突撃ラッパが鳴ると、勝利に飢えた、勇猛なフランス騎兵たちは、すわ総突撃かといきり立ち 、我も我もと勝手に突撃に参加しはじめた。 一個旅団で始まった突撃は、師団、 軍団と瞬く間にエスカレートし、いまや第Ⅳ騎兵軍団全体が英軍中央に向けて突 進していた。さらにルフェーヴル・デュヌエット将軍の近衛軽騎兵師団までもが 無許可で突撃に参加していたのである。

[ 編者注 ] ルフェーブル・デュニエット将軍の近衛軽騎兵師団は、近衛軍団所属。この人物は勇猛だが軽率な人物で、スペイン戦線でも捕虜になった経験がある。

ネイ : 「ルフェーヴル、いるか!」
ルフェーヴル・デュヌエット将軍 : 「はい!」

この壮大な騎兵突撃は大波のように、怒涛の勢いで押し寄せてきた。
第一波は ヘルメットと鎧を輝かせた銀色の胸甲騎兵、第二波は穂先の旗をはばたかせ風を 切って進む赤い近衛槍騎兵、第三波は熊毛帽をかぶった深緑の近衛猟騎兵。これ ら総勢43スコードロンが”横隊が縦隊をなして”突き進む、それは圧倒的なス ペクタクルであった。これら騎兵集団はラ・エ・サントの左を突破して勢いよく丘を駆け上がった。
斜面の下に位置するフランス軍の砲兵隊は味方に当たらないようにいったん砲撃 を中止したが、騎兵は支援砲火なしでも衰えることなく、散弾もものともせずに 「皇帝万歳」の雄たけびとともに敵戦線に突入していった。

屋外 : モン・サン・ジャン高地

他方、英軍の最前線では、砲兵が最後の散弾を至近距離から発射した後、味方 の方陣に急いで待避した。丘の向こう斜面では、英軍歩兵隊がすでに20個の方 陣を組んで敵襲に備えていた。
これらの方陣は二列で構成され、味方同士で背を 向け合って四方に備え、前列が屈んで銃剣を構えて馬の突入を防ぎ、後列は立って射撃するという隊形であった。

コルボーン大佐 : 「隊へ戻れ!」
「馬を撃て!」
(ジェフリー・ウィッカム)

[ 編者注 ] コルボーンはイギリス最高の大隊長として知られる人物で、このときは第52連隊長。後には元帥まで昇進する。

密集状態のフランス騎兵は格好の標的となり、歩兵の射撃を受けて馬から打ち 落とされた。しかし寄せ手は次から次へと現れ、方陣に襲い掛かる。乱戦が始ま り、英軍にもかなりの損害がでていたが、彼らは何とか踏みとどまった。
フランス軍の騎兵には必要な支援がなく、12回も反復して突撃を繰り返したが、方陣を突き崩せないでいた。

屋外 : ラ・ベル・アリアンス

ナポレオンはこれを見て危機感を高めた。彼はこの時期尚早の突撃が致命的な 失敗になりかねないと判断し、激怒してネイをなじった。

ナポレオン : 「ネイの騎兵隊は何をしている?」
「私がいないとすぐにこれだ」
「単独で突撃する騎兵隊がどこにいる!」
「正気の沙汰か」

しかし悪戦苦闘する騎兵隊の苦境を救い、崩壊を防ぐ唯一の方法は、新たな騎兵の増援を投入することだけであった。ナポレオンはしぶしぶながらネイの攻撃 に対して緊急増援することを認め、ケレルマン将軍の第III騎兵軍団に前進を命じた。
ところが、このころネイも同じようにギヨー将軍の近衛重騎兵師団に前進を命じていたため、ナポレオンが最後の予備騎兵戦力にと考えていたこの部隊までも投入される結果になった。


屋外 : モン・サン・ジャン高地

今や80スコードロンにまで拡大された大騎兵突撃は、猛烈な勢いで英軍の方 陣群を脅かしていた。 フランス軍の騎馬砲兵隊も近接砲撃を開始し、英軍の死傷者も増大していた。いたるところで死闘が繰り返され、煙で覆われた戦場は絶叫と悲鳴がこ だまし、傷ついた人馬の山と化していた。

ヘイ : 「女房や恋人のためだ、勇敢に戦え! 祖国を思え!」
「祖国イングランドを思え!」

その時、ヘイは撃ち倒された。ウェリントンは重苦しい表情で彼の死を見つめた。


フランスのカラビニエ騎兵が、味方を鼓舞するために演奏し続けていたバグパ イプ奏者を切り捨てる。

伍長オコーナー : 「ちくしょうめ!」

そう言って、彼はそのカラビニエ騎兵を撃つ。

兵卒トムリンソン : 「じゃまするな、頼む放してくれ」
伍長オコーナー : 「どこへ行く、戻れ!」
兵卒マクケビン : 「誰か止めろ」
英軍兵士Q : 「戻れ、トムリンソン」

トムリンソンは我を忘れて、戦場の真ん中をよろよろと歩きながら、わめき続 けた。

兵卒トムリンソン : 「会ったこともないのに何で殺し合うんだ」
「なぜだ、なぜだ、なぜ殺し合う」
「なぜだ、なぜだ、なぜ殺し合う」

兵卒トムリンソン : 「なぜ・・」

血を血で洗う激戦が繰り広げられていた。ネイは四度乗馬を打ち倒されたが、 それでも剣を振るって戦い続けた。ウェリントンも自ら方陣に入って指揮を取り 続けていた。英軍の方陣は総じて辛うじて踏ん張っていたが、いくつかの方陣は 破られた。しかし英軍騎兵隊の効果的な支援突撃のおかげで持ち直し、再三再四 、フランス騎兵を撃退し続けた。フランスの騎兵隊は強固な方陣のまえに打ち負 かされ、散り散りになっていったん尾根の向こうに退かざる得なかった。しかし 彼らは再集合すると再び突進を試みた。だが結果はやはり同じで、ついに英軍騎 兵隊に追い払われ、最終的にこの大突撃は散々たる失敗に終わった。



[第43場面 、ラ・エ・サント陥落]

屋外 : ウーゴーモン

ウーゴーモンが燃えている。フランス軍の榴弾砲は家屋に火を放ち、火は城館 全体を覆い尽くさんばかりの勢いだった。あたりは真っ黒な煙に包まれ、両軍の 兵士たちの視界を奪っていたが、それでも戦闘は続き、ウーゴーモンは辛うじて 死守されていた。

[ 編者注 ] このあたりから場面のカットか省略が目立つようになってきて、 話のペースが早まる。この部分は4時から7時までの戦闘である。

ところでこの頃、すでに到着していたプロシア軍はフランス軍の右翼を脅かしていた。第4軍団長ビューロー将軍は英軍の左翼と協調することに失敗したもの の、ナポレオンが対抗して送ったロバウ伯の第VI軍団に対して攻撃を開始。ロバウの軍団はよくこれを防いでいたが、次々と来援する新手のプロシア軍戦力の前に圧倒され、次第に地歩を失っていった。ピルヒ将軍の第2軍団が戦闘に参加す ると、フランス軍の戦線は危機に陥り、退路にあたるプランスノワにもプロシア軍が迫ってきた。ナポレオンはことの重大性をすぐに見抜き、虎の子の若年近衛 師団を送ってプランスノワを奪還させたが、この方面の戦況はいまだ危機に瀕していた。

屋外 : ラ・ベル・アリアンス

一方、騎兵突撃の失敗をうけて、ネイは今度こそは何がなんでも落とすという 固い決意で、新たにラ・エ・サントへの攻撃を再開しようとしていた。 しかし それには新たな歩兵戦力がどうしても必要で、副官を送って皇帝に増援を要請した。

ネイの副官 : 「ネイが歩兵を要求しています!」

しかしナポレオンは首を横に振って、これを拒否する。

[ 編者注 ] このときナポレオンは正確にはこういった、"Ou! Voulez-vous que j'en prenne? Voulez-vous que j'en fasse?" =「どこから取れというのだ? 創り出せとでも言うのか?」と。

このときフランス軍の予備兵力はすでに老近衛隊のみであり、プロシア軍に背 後を脅かされている現状では、最後の戦力として動かすことができなかったのである。
そのため、ネイは疲弊した第I、第II軍団から何とか歩兵戦力を抽出し、それ に騎兵と砲兵を加えて攻撃せざるえなかった。しかし度重なる失敗を教訓にして、今度は諸兵科共同による慎重な攻撃を展開。少しずつながら、ついに彼は成果を上げはじめた。

ウーゴーモンで死闘が続いているのを傍目に、英軍中央では両軍の総力戦が繰 り広げられていた。両軍ともに予備兵力を投入しつくし、一進一退の攻防が続く 。しかし激戦は英軍の戦力をもいつしか消耗させ、ウーゴーモンは半ば包囲される。英軍中央には今度こそ本当の動揺が見られはじめていた。

屋外 : モン・サン・ジャン高地

英軍士官B : 「ウーゴーモンで援軍を要求しています」
ウェリントン : 「健闘を祈るとだけ回答してくれ」

[ 編者注 ] この時のウェリントンの言葉は正確には、「一兵もなし、そこで戦死せよ」と言った伝わる。


ウェリントン : 「ウーゴーモンに大砲を向けろ」

その瞬間、砲弾がデランシーのすぐ近くに落下し、破片が彼の背中を引き裂い た。彼は倒れ、いったん立ち上がろうとしたが、再び力なく崩れ落ちた。

英軍士官C : 「軍医を呼べ。軍医だ」

しかし戦後ほどなくしてデランシーは息絶えた。



屋外 : ラ・エ・サント

午後6時、ラ・エ・サント

ラ・エ・サントでは少数のドイツ人守備兵にフランス軍はてこずっていた。農 家を防御するベリング少佐とKGL大隊の将兵は驚くべき闘志と希にみる勇気を 持ち合わせていたのである。彼らは如何なる攻撃にも屈せず、決して退かなかっ た。もし弾薬が尽きなければ見事にラ・エ・サントを死守してみせたことだろう 。しかし彼らは全ての弾薬を撃ちつくし、補給は届かなかった。守備側の抵抗が 弱まったと見るや、壁に囲まれた農家を取り囲んでいたフランス兵たちは一気に 門を叩き壊し、奇声をあげながら大挙して突撃してきた。

フランス兵A : 「農家を占領したぞ」 「フランス万歳!」

いったん侵入を許すと多勢に無勢、農家の屋根には三色旗がはためき、ラ・エ ・サントはついにフランスの手に落ちた。(KGL大隊400名のうち生存者は 僅か42名であった。)いまこそ両軍は勝利の大きな分かれ目を迎えていたので あった。



屋外 : ラ・ベル・アリアンス

再びネイは皇帝に増援を強く要請したが、この時点においてフランス軍にはい かなる予備兵力も存在していなかった。近衛隊は後方の安全を確保するために、 すでにプランスノワに投入されて戦闘中であったのである。ところがナポレオン は自分の勝利を信じて疑わなかった。彼の考えではウェリントン軍はすでに敗れ ており、あとは留めの一撃を与えるだけであると。

[ 編者注 ] ナポレオンは運命を過信していたかもしれないが、かといってこ の状況を楽観していたわけではない。戦況は明らかに不利であった。しかし彼は 常にギャンブラーであって、ここでも自分の命運と帝国を駆けて、のるかそるか の大きな賭けに出ていたのである。

ナポレオン : 「スルト。」 「パリに連絡しろ」
「内容は・・・」 「今、何時だ?」
スルト : 「6時頃と思います。」
ナポレオン : 「内容は” 午後6時” ・・ ”ウェリントンを破り、” ・・ ” 戦闘に 勝てり”」
「いや、こう書け、・・”戦争に勝てり”、と 」

屋外 : モン・サン・ジャン高地

コルボーン : 「農家が落ちました。もうだめです」
ウェリントン : 「見通しは暗いな。負けそうだ」
「夜よ来い。さもなくばプロシア軍よ来い」



[第44場面 、近衛隊突撃]

屋外 : ラ・ベル・アリアンス

ナポレオンは重大な局面をむかえていた。退却はまだ可能だったが、それは論 外といってよかった。もし退却すれば、合流した連合軍に執拗に追撃されるだけ でなく、ナポレオン個人の軍事的・政治的な影響力は消失してしまうだろう。そうなれば帝国も軍隊も維持するのは不可能である。であるから、是が非でも勝利 することが必要で、戦勝だけがナポレオンを救うことができた。


そしてナポレオ ンはまだ最後の切り札、近衛隊を温存していた。彼はこの無敵の軍団で勝利を呼び寄せることができると考えていた。一瞬失敗の可能性が頭をよぎったが、ナポレオンはすべてをこの冒険に賭けてみることを決心した。

ナポレオン : (ウェリントンは息も絶え絶えだ)
(今こそ近衛軍団を繰り出し、一気にブリュッセルを!)

プロシア軍がまごついている間に、ナポレオンはウェリントンと最後の一戦を 交え、そして勝たねばならなかった。すぐにドルーエとフリアン将軍に近衛隊を ラ・ベル・アリアンスの前に集結させるように命じ、同時にデルロンとレイユに はまだ使用可能な残留部隊すべてを前進させ、これを支援するように命じた。

屋外 : ラ・エ・サント付近

数々の戦役を経験したベテラン兵を率いてナポレオンは進む。彼らは敗北の淵 から勝利を奪い取ってくれるだろう。険しい表情で馬を進めるナポレオンは、攻 撃縦隊の先頭をモン・サン・ジャン高地の500ヤード前まで進んだ。ナポレオ ンは常々、強い意志の力は運命をも変えうると信じていた。彼は困難に打ち勝と うと精神を集中する。近衛隊の命運は今や皇帝と帝国の運命と結びついた。彼ら は熱狂して前進する。

ベルトラン : 「陛下、危険です。お下がりください」
ナポレオン : 「戦死は恐れん」
ラベドワイエール : 「お願いします」

ナポレオン、指揮をネイに委ねて下がっていく。

近衛隊(第一近衛擲弾兵連隊を除く9個大隊からなる)は二つの攻撃縦隊を形 成し、威風堂々と行進していった。疲れきった他のフランス軍将兵たちは近衛隊 の出撃に気づくと、最後の決戦がまじかであることを知り、厳しい展開の会戦で あっても『戦闘は最後の一瞬で決まる』ということを思い出した。彼らは近衛隊 が栄光を再現してくれることを希望した。これがフランス軍にとって最後のそし て唯一の残された希望であった。

屋外 : モン・サン・ジャン高地

ウェリントンは顔を洗って、手を拭いている。彼は深刻な表情をしている。彼 は敵の意図を見抜いていたが、期待されるプロシア軍の到着は間に合うかどうか 微妙なところであった。それまでは単独で立ち向かわねばならない。

ウェリントン : 「左翼は諦めよう」
アクスブリッジ : 「閣下!」
ウェリントン : 「残りの兵力をここに集めろ」
「すべての部隊をここへ!」
「全銃砲で一斉射撃を」

ゴードン : 「弾丸が1人5発しかありません」
「しかし戦いますよ」
ウェリントン : 「プロシア軍が、今、駆けつけねば、我々は完全にやられる」
ゴードン : 「農民のねばりを」
ウェリントン : 「この世で私が最も知らんのが農業だ」

ゴードンは苦笑いして隊に戻っていく。

ウェリントンは弱体化した中央の戦線を増強することを決断した。まず左翼を ツィーテン将軍のプロシア第Ⅰ軍団にまかせて、ここから撤収し、戦線を縮少。 利用可能なすべての部隊をウーゴーモンとラ・エ・サント間に集結した。



近衛隊が威風堂々の前進を続けている間、英軍中央では死闘が繰り広げられて いた。この突撃を支援するため、フランスの散兵が執拗に英砲兵を脅かし、デル ロンとレイユの残存部隊は最後の力を振り絞って、死にもの狂いで再攻撃を敢行 していた。そのためナッソー兵たちが後退を強いられ、英第一軍団長オレンジ公 が負傷する事態となった。しかし英軍は最後の騎兵戦力とブランズウィック大隊 でその隙間を埋め、体勢を立て直す。対決を前にもう幾ばくの猶予も許されなか った。ウェリントンはメイトランドの英近衛旅団に伏せて待機するように命じ、 運命の瞬間を待った。

屋外 : モン・サン・ジャン高地の斜面

猛烈な砲火にも関わらず、近衛隊は驚愕すべき勇気と秩序で整然と進撃を続け た。近衛士官たちが率先して先頭にたって模範を示し、ネイも、”勇者の中の勇 者”という名に恥じない振る舞いで、自ら剣を抜いてこれに加わる。敵がいかに 激しく応戦しても、近衛隊は決して怯まなかった。彼らはあたかも無敵であるよ うに、見事な隊形を維持して突き進んでいた。しかしそこに側面からのプロシア 軍の砲撃が加わりはじめる。


[第45場面 、プロシア軍来援]

屋外 : ラ・ベル・アリアンス

すると、血だらけの士官が息せき切って馬で駆けてくる。

マルボー将軍 : 「森にプロシア軍が来ました!」
「ブリュッヒャーの部隊です」
(セルジオ・テストリ)

[ 編者注 ] この時、彼は第7ユサール連隊長。第Ⅰ軍団騎兵のジャッキノー 師団に所属していた。

ナポレオン、ショックで顔をこわばらせる。

ナポレオン : 「一生の不覚。 息の根を止めておけば・・・

[ 映画字幕 ] ↑ 「彼らを甘く見すぎた」

ナポレオンはすぐにことに重大さ気づき、歯ぎしりする思いであった。それは まさに最悪のタイミングであった。もはや攻撃を止めることも、何らかの手をう つこともできない。ナポレオンはやむおえず副官たちを方々に送って、全軍に今 到着した軍隊がグルーシーの部隊で、我々の勝利は目前であるとの宣言を触れ回 らせた。この一か罰かの試みは一時的には成功し、フランス兵は勇気づけられた が、彼らの運命は今や風前の灯火であった。

屋外 : ラ・エ近辺

執念深いブリュッヒャーは、疲れきったフランス軍を見下ろして、怒りと闘志 をみなぎらせていた。彼は今、宿敵ナポレオンを打ち負かす、人生で最大のチャ ンスを迎えていた。プロシア軍はフランス軍の側面に三個軍団を有し、それは勝 敗を決するに余りあるものであった。ブリュッヒャーが念願の復讐を成し遂げる のに、もはやいかなる障害も存在しなかった。積年の敗戦を経て、老将はついに 勝利へ連合軍を導いていた。

ブリュッヒャー : 「我が黒旗を高く掲げろ!」
「哀れみも、捕虜もいらん」
「目に入った敵はすべて撃ち殺せ」

帽子を振って前進を合図。

プロシア軍士官 : 「前進!」



自ら部隊を率いて突進。

ブリュッヒャー : 「突っ込め」

ブリュッヒャーは英軍を支援するため、プランスノワの奪回と、英軍左翼への 合流を急がせた。フランス軍右翼は新手の敵戦力に圧倒され、崩壊寸前であった。



[第46場面 、立ち上がり敵を蹴散らせ]

屋外 : モン・サン・ジャン高地

熊毛帽をかぶった猛者の隊列がしだいに姿を現し、近衛隊が斜面を上ってくる 。彼らの熱狂は最高潮に達し、敵の砲撃をものともせず、突き進む。それは丘の 頂をすでに越えて、いままさに突撃しようとしていた。

ところが、彼らが戦場の 煙の向こうに薄暗く見たものは、無人のライ麦畑と、若干の士官たちだけであった。彼らの驚きをよそに、そこには非情なる運命が待ちうけていたのだった。

このときウェリントンの号令が発せられた。

ウェリントン : 「メイトランド、射撃開始!」

[ 編者注 ] この時、正確には"Up, Guards! Make ready!"(あるいは"Up, Guards and at 'em'")と号令した。すぐ後にメイトランドに突撃を命じた際に、サル トン中佐が"Now's the time, my boys!"と言っており、これとごっちゃになって後 世に広まったものと思われる。名言は作られることのほうが多いのである。

伏せていた英近衛旅団は、4列の深い横隊で突然現れると、轟音を発して一斉 射撃を開始した。その至近距離からの連続射撃は密集したフランス近衛隊の隊列 を引き裂き、このフランスの老練な戦士たちすらおもたじろがせた。勇敢な近衛 士官たちは先頭に突出して、剣を振り、攻撃を再開させようと試みた。しかし混 乱と動揺は押さえがたく、展開することもできずに前進を阻まれ、じわじわと後 退を強いられていった。

この混戦の中、ネイは五番目の乗馬を撃ち倒され、もんどりうって大地に投げ 出される。そのとき近衛兵たちはすでにプロシア軍の縦隊が視界の中に入ってい ることに気づいた。

近衛兵C : 「プロシア軍!」
近衛兵D : 「いや、友軍さ」
近衛兵E : 「敵だ。見ろ」

フランス近衛隊の動揺は今や明らかだった。ウェリントンはこの絶好の機会を 逃すことなく、メイトランドに突撃を命じた。英近衛旅団は勇躍、歓声とともに 敵に襲い掛かり、決して打破られないものと思われたフランス近衛隊は大混乱に 陥る。彼らはついに抗しきれず、一旦撤退したが、すぐに再結集すると再度挑戦 してきた。


[第47場面 、近衛隊敗北!]

屋外 : ラ・ベル・アリアンス

ナポレオンを部下を激励すべく、怒鳴り散らしていた。

ナポレオン : 「おびえた子供みたいだぞ」
「恐れるな!」 「それでも軍人か!」
「お前は将軍だぞ!」
「プロシア軍が来ても手遅れだ。ウェリントンはすでに敗れている」
「わから んのか勝敗はすでに決まっている!」
「信念を持て」
「マレンゴでもこんなことがあった。 5時には負けていたが、7時には逆 転したぞ!!」

第二次攻撃も最初と同様の勇敢さで実行された。今度は小規模ながら残存する 胸甲騎兵もこれに加わり、部分的には成功を収めるものの、英軍の抵抗を打ち崩 せない。コルボーン大佐の英第52連隊が独断で始めた、側面攻撃を受けて、逆 に窮地に陥る。老兵たちは信じがたい勇気を発揮して奮闘したが、挟撃されて、 混乱は制御不能の段階にまで拡大し、為すすべがなかった。カンブロンヌ将軍は 予備の近衛猟歩兵大隊を後衛にして、再々集結を試みたが、最終的にこの近衛隊 突撃は総崩れとなった。


屋外 : モン・サン・ジャン高地の斜面

近衛兵F : 「プロシア軍か」

そしてついに老近衛隊までもが後退を開始。こうして近衛隊突撃は完全なる失 敗に終わり、それと同時にナポレオンは最後の希望までをも失った。

”近衛隊敗退”という信じられないニュースに戦場は衝撃が走った。敗報は部 隊を怖じ気づかせ、彼らから希望を奪い、フランス軍の士気の崩壊が始まった。 全軍が総崩れに陥るのは時間の問題のように思われた。特にフランス軍右翼では 、約束された友軍の代わりに敵の大軍が押し寄せたため、完全なるパニック状態 となっていた。

屋外 : ラ・エ・サント

しかしこの破滅的状況のなか、唯ひとり戦い続けている男がいた。真の戦士で あるネイである。ネイは潰走する部隊に立ちふさがり、彼らの説得を試みる。

ネイ : 「戦え!私一人か、踏みとどまれ!」
「恥じを知れ! 踏みとどまれ!」
「それでも近衛兵か!」

午後8時、ラ・エ・サント

ラ・エ・サントが奪還され、崩れかけた農家に再び英国旗が掲げられる。

ネイ : 「一時間で勝てるぞ!」
「私を知っているか? フランス陸軍のネイ 元帥だ!」
フランス兵B : 「閣下、プロシア軍が来ます」

プロシアの大軍はフランス兵を駆逐し、パペロットを奪取してプランスノワの 一部を奪還した。彼らは退却する敵兵の群れを蹴散らし、なぎ払い、切りまくり 、粉砕し、殺戮し、殲滅せんとした。もはやこれを押しとどめる手段はなかった 。ネイは死を覚悟したが、それでも戦い続けた。”帝国の元帥がいかなる死に様 をするか”を示すために。

屋外 : ラ・ベル・アリアンス

その最悪のニュースが皇帝のところまで達する。

フランス兵C : 「近衛軍団が敗れました!」

それを聞いたナポレオンは驚きのあまり、雷に打たれたかのように、しばらく 身動きもできなかった。この瞬間、彼のガラスの帝国は砕け散ったのだ。

会戦は明らかに史上例を見ないほどの大敗北であった。戦場でのフランス軍の 抵抗は腰砕け、前線で為すすべなく後退を始めていた。大混乱のなか、来援した プロシア軍を未だにグルーシーと信じた兵隊たちが”裏切りだ”と叫びはじめ、 まったく収拾がつかない状態となる。誰もが絶望感に打ちひしがれ、軍隊はいま や大きな逃亡者の群れと化しつつあった。


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